挑戦する社員

色んな事に興味を持ちましたが、ワタミの説明会で心を掴まれました。

現在25歳です。 2014年入社で、ワタミの独立制度を利用し、2017年に独立しました。
ワタミのDFC(独立支援)制度を使って会社を作ったのは、2017年の5月末に退社をして、6月1日の事です。 今は社長と言われることに慣れましたが、未だに元の上司の人にからかわれたりしています。 まだ自分の会社の名刺も作れていなくて、お陰様で6月から本当に忙しくて社長業ってこんなにやることが沢山あるのかって痛感しています。 会社名は中野カンパニー株式会社にしました。 自分の名前を入れることにこだわりました。
会社を始める前から、以前一緒に働いていたアルバイトのパートナーとずっと決めていて、名前入れましょうって言ってくれたのでそれでいこうと決めました。 パートナーはキッチンで働いている子に声がけをして、今でもキッチンに入ってくれています。 独立にはパートナーを見つける事が第一関門みたいなところがあるので、見つかって一緒にやろうって思ってくれて本当に感謝しています。 独立しようって思っていたのは、ワタミに入社する前、大学生の頃から考えていました。 最初は消防士になるために法学部への進学も考えていましたが、それだけでは人生面白くないと思い、夢を探すつもりで富山から大学入学の時に上京しました。 高校生まではプロ野球選手を目指していました。 体も鍛えましたが周りの凄い選手との差で諦めて、その後格闘技をやっていた父の影響もあってレスリングやボクシングを始めました。 その時の目標は大晦日にやっている総合格闘技のインベントに出たいなって思っていました。 格闘技をやるために消防士になることから目標を変えて、高校の先生にどこか行ける大学ないですかって聞いて上京しました。 大学に入ってすぐに、有名格闘家さんのジムに入って上を目指しましたが、そこでも上がいることに挫折をし、やはり消防士になろうかと思い始めていました。 その時にしていたラーメン屋さんのアルバイト先に来ていた老夫婦の笑顔を見て、こういう温かい空間って良いな、楽しいなって思い始めました。 その後大学4年生の就職相談の時に、アルバイトをしてお金を貯めて独立しようと思っていましたが、そうではなくてせっかく4年制の大学を出るんだから、一度社会を見なさいと言われました。 『居酒屋でも大手の会社あるでしょ?』と言われ、調べていたところ自分も聞いた事のあるワタミが出てきて、丁度ワタミグループの創業者 渡邉美樹さんの講演があったので参加しました。 就活自体はほとんどしていなくて、友人に誘われて数社会社説明会にも行ったんですが、正直私の将来設計と合致するような会社さんはありませんでした。 そんななか参加したワタミの説明会ですが、当時は何の先入観もなく、話を聞いてみないと分からない事も多いだろうと思い、一番前の真ん中に座って話を聞きました。
正直、その時に聞いた夢の話で、ここしかないって思いました。 『君たちはなぜ働くのか?』という話の入りからして、いきなり心を掴まれ、話に引き込まれました。 更に、会社のそれぞれの事業において、“ありがとうを集める”というところに心を打たれました。 この会社に入社して勉強して、独立するという明確な目標に切り替わりました。 そこからは、ワタミイズムと言っていいと思いますが、夢に日付を入れ、自分の目標に邁進するだけでしたね。 元々自分の夢に対して努力するタイプなんですが、社会人になるまでは夢の叶え方がわかりませんでした。 夢だけは持っていましたが、当時の先輩に相談したところ、『だったら日付を入れてみたらどうだ?』って言っていただいて、そこから逆算して考えて今何をしなくてはいけないかが見えてきました。 5ヶ年計画って言うんですが、それを毎日毎日チェックして仕事をしてきた結果が今の独立につながっています。 私が入社して独立した期間は、ワタミの歴史の中で最年少最短記録になっています。 実は、自分の描いた目標の中でそれも狙っていました。 どうせやるなら、そういった記録も狙って自分のモチベーションにしていました。
DFC(独立支援制度)の条項を見て、まずは店長になってどういう結果を出さなくてはいけないかとか考えて、そこも逆算して今何をしなくてはいけないか、その次は何をすべきかを常に意識していました。 同期入社の仲間とは、当時から見ている先の目標が違うのかなって実感はありました。 私は明確に最年少最短記録を狙って独立を考えていましたが、周りはそうではなかったので、相談とかあまりできなかったのを覚えています。 それより、年配の方だったり、先輩社員のお話を少しでも吸収することに専念していましたね。 逆に言うと、今自分のお店で働いてくれているアルバイトメンバーには参考にならないというか、みんな自分みたいな人間では無いことは分かっているので、就職に悩んでいる人に的確な事を言ってあげられていないかもしれませんね。笑

会社のサポートもあり、現在のお店に異動になった事がきっかけで独立を決心しました。

今現在というか、独立する前からお店をどう大きくしていくは考えていました。 元々、DFC制度を利用しようと思ったきっかけは、今自分でやっているこのお店に店長として異動した時でした。 独立を希望するオーナーは、どこのお店で経営するかある程度自由に選べます。 自分の夢には日付が決まっていて、その日にちを過ぎそうな頃、退社してお金を貯めて独立をするか、ワタミのDFC制度を使って独立するか迷っていました。 現在いるお店というのがDFC制度を利用して独立した人からワタミに戻ってきたお店で、私が店長として配属されたのは、当時の課長に『立て直して!』と言われたことがきっかけでした。 異動時は、本当に悲惨で、ショックを受けた事を覚えています。
メンバーが楽しそうではなく、笑顔もありがとうもなく、何のためにこのお店ってあるんだろうと思うほどでした。 メンバーとは揉めるんだろうなって思っていましたが、カウンセリングで一人一人と話したところ、みんな良い人達ばかりで、まずこのメンバー達をこういう風にしてしまったのは申し訳ないなって思いました。 また、彼らを変えるにはまずは自分が率先して仕事をして、自分の姿を見てもらおうと思いました。 本当は楽しい仕事のはずなのに、暗くなってしまっているのは勿体ないと思ったので、まずは自分が楽しんで仕事をしている姿を見てもらいました。 何かの縁でこのお店で出会ったみんなを盛り上げていきたいって思いましたし、自分で立て直すのは勿論ですが、DFC制度を使って自分のお店にして何とかしてあげたいと思ったのが、DFCにしたきっかけです。 自分で決めた5ヶ年計画は、24歳の時に退社して独立かDFCを使って独立と決めていたんですが、退社して独立しようという気持ちの方が正直強かったです。 ただそこでDFCを選べたのは、自分の夢に対して会社の協力や後押しもあったからだと思っています。
強い思いを理解して頂き、会社の制度で決まっていたDFC研修を前倒ししてくれたり、サポートがあったから自分の夢を実現できたと感謝しています。 私の事がきっかけで、会社のDFC制度の研修ルールを変更してくれたり柔軟に考えてくれました。

独立の目標があったからこそ、誰よりも努力をしました。

独立の前に経験しなくてはいけない店長になれたのも、入社後一般社員として入ったお店で良い上司に巡り会えた事がきっかけでした。 当時は店舗数を縮小している時期で、店舗数が減るということは先輩社員の中でも店長候補が沢山いると言うことになります。 しかし、当時の上司が私の為に会社にお願いをしてくれて、店長候補である多くの先輩社員がいる中、新しい店長として後押ししてくれました。 店長になる要件は勿論満たしていたんですが、それは自分で掲げた目標の最短でした。 それが入社1年半の時です。
その上司の方から学んだ事は濃厚で身になることが多く、今でも役立っています。 単純に仕事がいけないか、辛いかって言ったらそうではなくて、自分の目標の為には時間をいかに有効に使うかが大切だと教わりました。 野球で例えたら、上手くなる為には誰よりも早くグラウンドに来て素振りをしたりしますが、それは仕事でも一緒で、早く店長になる為には、自分の仕事を早く終え、店長の仕事を教わろうと意識していました。 また、上司に推薦されて店長になるのではなく、メンバーに推薦されるような人間にならなくてはいけないとも教わりました。
それは店長になってからでもそうで、自分の姿を見て働いてくれているメンバーが奮起してくれるようなお店でなくてはいけないと思っています。 その当時の努力は誰よりも頑張ったと自負しています。

経営者としてのプレッシャーはありますが、お客様のありがとうに支えられています。

独立してからの苦労は、赤字になったら毎月の請求に対応できなくなるので、いかにお客様に楽しんでいただくかをシビアに考えるようになった事ですかね。 元々、駅前に立って販促したりしていたんですが、お客様が何を求めているかを常に細かく見るようにしています。 販促はし過ぎたらいけないなって思って、伝えたいことを書いて駅前でただ立っていることに努めました。 その結果常連さんも増えて結果は上々です。
また、自分の給料も自分で払わなくてはいけませんし、何よりも働いてくれているみんなを守らなければいけないって思うようになりました。 お客様と従業員と経営者の三者のバランスを強く考えます。 どこかが突出していたらどこかが凹むわけですし、バランスを考えます。 先日すごく忙しかった時期があったんですが、少ない人数で営業していたので、その時は働いてくれている子達が疲弊してしまっていました。 それではいけないなって改善策を考えましたし、そのバランスが本当に重要ですね。
以前は無かったランチタイムも自分で経営するようになってから始めました。 お客様のお声を聞いて始めようと決心したんですが、来て頂いたお客様にありがとうと言って頂けて本当にやって良かったと思っています。 何よりも、お子様連れの奥様方が増えて、安心して来れるお店だって分かってくれた事が本当に嬉しいですね。

毎日が全力です。
独立して意識が変わってきて、これからの5ヶ年計画は柔軟に考えていきたいです。

独立に向けて特に何かを勉強したということはありませんでした。 『本を読んだ方が良いよ』と周りには言われていたんですが、実際に経験してみないと何事も分からない性分なので、常に体を動かして吸収していました。 ただ、独立をした今では勉強する事が増えてきました。 上の方々とお話をさせて頂く際に、何も話せない不甲斐なさを覚えて、色々な本を読んで言葉や起きた事を学んでいます。 それは、経営者となった今では誰にも何も教えてもらえないので、自分から学ばないといけないなと実感したからです。 働いてくれているメンバーをより良い方に導くのも自分の仕事なので、そのあたりの本は今でも読んでいます。 本以外でも暇さえあれば、音楽を聞くのではなくて動画サイトで著名人が話している動画をイヤホンで流して聞いています。 色んな方の話をきくのは好きで楽しいですね。
街を歩いていても、このビジネスはどうやっているんだろう。こういう構造でやっているのかな。でも楽しそうじゃないな。とか考えながら歩いていますね。 一つの広告やニュースでもそういったところは感じる部分が増えてきました。 今後の目標としては会社を大きくしなくてはいけないと思っています。 これからの5ヶ年計画としては、現在のワタミの清水社長が、『これからはDFCに頼りたい、DFCがメガフランチャイジーで10店舗とか持ってくれれば、ワタミとしても1,000店舗という目標が叶う。だから、やりやすいようにするから協力してくれませんか』って言われているので、それに乗って拡大路線に乗るのも有りだと思っています。 エリアの店長とも話はするんですが、お金を貯める事は夢をかなえるための手段だと思います。 もっと色んな事をしたいですし、例えばメンバーとして働いている人と話していて、その人がサバイバルゲームにハマっていると聞きました。 その人に、『だったら会社やりなよ』って勧めました。
想像してみて、あなたとあなたと働く従業員とお客さんの間に笑顔があるなら、やってみなよって話しました。 私の考えとしては、一人ひとりの夢で大きくなっていく会社も良いのかなって思っています。 外食一本でやった方が強いと思うんですが、みんなでやりたいことをやって、お金も稼げて豊かになったほうが、素敵だなって思いますし、そういう会社にしたいなって思います。 そのきっかけとして、後3店舗ぐらいお店を経営できるようになって資金を貯めなくてはいけないと思っています。 明確な事業計画もありますので、まずは東京オリンピックまでにいかに自分の目標に近づけるか毎日毎日全力で仕事しています。

自分と一緒に歩んでくれる信頼できる仲間と、会社を大きくしていきたいです。

今思えば、小さい頃から何をやるにも中心にいましたね。 諦めずに努力したり根気よく周りと話したり、苦労をしても前を向いていたように思えます。 上の方と揉める事もありましたが、向上心を持って建設的に話をしていたので、理解もしてもらえましたし、またそれも必要な事なんだと思います。 その辺は本というより、漫画から学んだ部分も多いですね。
私達の世代でもそうだったように、働いてくれているメンバーにも同様に教育しています。 直近の目標では、DFCで2店舗目を増やすにしても条件があって、それを実現するのには資本金や物件も必要になります。 それを現実的に考えて判断をしなくてはいけないと思っています。 会社をどうしていきたいかという部分は、ワタミのような大企業にするか少数精鋭で夢を追いかけられる会社にするかで悩んでいます。 ワタミは一つの目標に対して多くの人達が決起する迫力と強みもあります。 一方で、少数精鋭で仕事とプライベートのメリハリを付けて、達成が困難な夢も見られるような会社も良いなって思っています。 時代に合わせて、色々トライしながら直近と将来の夢をリンクさせて見極めていきたいです。
後は、一緒に働く信頼できる人が大事かなって思っています。 自分ひとりが色々考えていても仕方なく、その話を真剣に聞いてくれて一緒に歩んでくれる覚悟を持ってくれる、好きな仲間と一生働いていきたいですね。


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